ガイ・フォークス・ナイトとは?

日本では花火といえば夏の風物詩ですが、

 

 

イギリスではその逆で”冬の風物詩”として認識されています。

 

 

それはもちろん、年越しの際にテムズ川で大きな花火をあげるのと、

 

 

11月5日に”Guy Fawkes Night (ガイ・フォークス・ナイト)”でたくさんの花火をあげるからなのです。

 

 

年越しはわかるけど、”ガイ・フォークス・ナイト”ってなんだ?と私もイギリスに来た際は全く知りませんでした。

 

 

なぜ11月5日と決まっているのか、そもそも”ガイ・フォークス”とはなんなのか?

 

今日はこのトピックについてご紹介していきます(^^♪

 

 

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まず”ガイ・フォークス (Guy Fawkes)”は、人の名前です。

 

彼は17世紀頃の人物なのですが、

 

当時のイギリスはプロテスタントを信仰するジェームス1世が国王として君臨していました。

 

この頃は国王の指定する宗教を信じなければならず、他の宗教を信仰するものは反逆罪とみなされ処刑されてしまうという恐ろしい時代だったようです💦

 

 

そんな時代の中でも、熱くカトリックを信仰していたのが、ガイ・フォークスでした。

 

1604年にカトリックグループへ参加し、プロテスタントのジェームス1世国王を暗殺して、

 

カトリック信者のエリザベス・ステュアートを次の王位につけようと計画・実行するのでした。

 

 

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その国王暗殺の方法がまたかなり大胆なのですが、

 

ビック・ベンで有名な国会議事堂に国王がいる際に、地下から建物を爆発させるという計画でした。

 

 

建物ごと吹き飛ばそうとするとは、かなり大胆ですよね(;’∀’)

 

 

しかし、グループの中に国会で勤務する親族がいるメンバーがおり、

 

彼はその親族にこの計画を密告し、建物から離れるように言ってしまうのです…!

 

 

それによって、彼らの計画は国王の耳まで届いてしまい、

 

国会議事堂の地下で、爆薬に火をつけようとする直線だったガイ・フォークスは逮捕されてしまったのでした。

 

 

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逮捕後は、仲間のことや陰謀の詳細を聞き出すため、ガイ・フォークスは激しい拷問を受けます。

 

最初は気丈に振舞っていたガイ・フォークスも、過激な拷問に耐え切れず、仲間や計画について白状してしまうのでした。

 

それによって仲間も捕まり、全員「反逆罪」のもと処刑されてしまいます。

 

 

その処刑の仕方も相当残酷で、首吊り、生きたまま内臓を取り出され、最後は四肢を八つ裂きにされるという

 

想像もしたくないような方法で処刑され、

 

 

ガイ・フォークスは最後の処刑人だったのですが、彼はその残酷さを回避してなのか、絞首台から飛び降り、首の骨を折って死んでしまうのでした…

 

 

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このような事件から、国王が無事でいられたことを祝って、

 

爆薬を国会議事堂に仕掛けたガイ・フォークスが捕まった11月5日に

 

花火をあげてお祝いする風習ができたそうです🎆

 

 

 

ある説では、こんなに簡単に死んでしまったガイ・フォークスに対して怒り狂った国王が、

 

爆弾で国会議事堂を吹き飛ばそうとしていた腹いせに、彼の遺体から内臓を取り、四肢を断絶した後、

 

花火に括り付けて吹き飛ばしたことから、花火を上げる風習ができたという説もあります。

 

 

 

一体どちらが本当なのかわかりませんが、

 

私は初めてこの背景を知った時はちょっとぎょっとしました(;^_^A

 

 

世界史を勉強していた時も思ったのですが、中世のヨーロッパってかなり残酷なところがありますよね(◎_◎;)

 

 

 

以上、イギリスの風習”ガイ・フォークス・ナイト”についてのご紹介でした!

 

11月にイギリスへ来られる際は、是非11月5日に合わせて計画してみてはいかがでしょうか?(^^♪

 

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